【常に自分が最高のパフォーマンスを出せる状態にいることが大事】Branding Engineer代表取締役COO高原克弥さんインタビュー

  • 2022.10.19

 小学生の時にプログラミングに出会い、中学生の頃には月間100万UUを超える音楽交流サイトを作成。大学時代に複数のスタートアップ企業でインターンを経験し、共同創業者である河端保志氏と株式会社Branding Engineerを起業した高原克弥さん。

 「うまくいかなければ就職したらいい、と頭に入れておくことは大事」と語る高原克弥さん。共同代表だからこそのメリットやデメリット、学生起業経験者としての起業を目指す学生へのアドバイスを伺いました。

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高原克弥(たかはら かつや)

1991年生まれ。長野県出身。小学生よりプログラミングに触れwebサービスを複数運営。大学時代にスタートアップ3社でエンジニア・セールス・人事などを経験。大学在学中の2013年に株式会社Branding Engineerを創業し、代表取締役COOに就任。ITエンジニアファーストを掲げ、各種事業の立ち上げ等により成長を牽引。2020年東証マザーズ上場を達成。

いつかは起業したいと思っていた、共同代表である河端保志氏との出会い

ー起業を志したきっかけを教えてください

小学生の頃、父がカメラマンでした。父は撮影をすることは得意だけど編集が苦手で、撮影した写真のレタッチを家で手伝う機会があったんです。いろいろ教えてもらいながらAdobeの Photoshopを触っているうちに、自分でウェブデザインがしたいと思うようになりました。最初はゲームを作ろうと思ってPerl(パール)という言語を使っていて、中学生の頃は自分で作ったゲームをずっと運営していました。300人ほどユーザーがいて、常時40~50人くらいログインしているような感じでしたね。

―中学生で!?すごいですね…!(近藤)

中学生の時はあまりお小遣いをもらえなかったので、お金がほしくてバイトをしようとコンビニに電話をかけたりしました。もちろん、中学生はバイトすることができないので断られて(笑)。そこで、ネットで稼ぐしかない!と思ったんです。ゲームの方はサーバーの問題で300人くらいまでしか人を集めることができなかったので、それでは商売にならないと思って掲示板のようなものを作りました。内容としては、音楽情報サービスのようなものです。それが結構伸びて、中1から初め高3まで月間200万PVほどになり、アフィリエイトや広告収入でまあまあ稼いでいましたね。

―まあまあどころじゃない気が(笑)。高校生にしては大金ですよね!

はい、社会人の何倍とかのお金になって「これはもう人生勝ったわ!」って思ってました(笑)。しかし、大人の圧力でそのサイトは閉鎖することになって…。競合のサービスをやっている会社が本気で圧力をかけにきて、当時高校生であり、対抗する知識がなかった自分はメンタルが崩壊するレベルに追い込まれました。結局、やむをえずサイトは閉鎖することになりました。このことがきっかけで大学は法学部に進学しました。でも大学に通う頃にはサイトも閉鎖していたので目的を失っていて、弁護士になろうとか教師になろうとか色々やってみましたがどれもしっくりこなくて、サークル活動に明け暮れていました。

 そういった生活を送ったあと、大学3年生の頃に家入一真さんの講演を聞いて「このまま大学生活をただ過ごすだけでは負けてしまう!」と感化されたのをきっかけに、3社ほどの手伝いを始めました。しかしその3社が順番に倒産してしまって全部ダメで。そこで、「次はもう自分でやるぞ!」と思い起業したのが今の会社です。もともとどこかのタイミングで起業しようとは思っていましたが、いつするかなどは考えていなかったです。ですが、大学4年生のときに共同創業者である河端と出会って一緒に起業しました。この、「起業しよう!」というのが1月くらいでお互い就職活動を終了して企業から内定をいただいていた後だったため、内定先にも謝りにいきましたね。

―内定を蹴ってまで起業しようと思った決め手はなんですか(近藤)

河端と会ったタイミングですかね。起業しよう!と思った時に、僕は営業をしたことがなかったので営業ができる人を探していました。それで、河端に営業をやってくれと頼むと「俺も起業しようと思っていた」と言われて一緒にやろうとなったんです。

―起業して今までで1番嬉しかった出来事、大変だった出来事はなんですか

上場したことはやっぱり嬉しかったです。

―半袖短パンで撮っていた写真が印象的で覚えています!(近藤)

創業したときから上場したら半袖短パンで写真を撮ろうと決めていました(笑)。上場準備期間が大変だったからこそ、上場したときは本当に嬉しかったです。会社でいうとその3年間は創業以降最も成長しなかった3年間でしたし、競合も多い歴史ある業界だからこそ大変でした。それもあって、「もし、上場できなかったら一生後悔する3年間だね」と言っていたくらいでした。だからこそ、それが叶った日というのは感慨深いです。

  辛かった出来事は、2期目の終わりに一度組織が崩壊したことです。ちょうどその時、創業期からずっと展開していた受託開発をやめて、ビジネスモデルを切り替えるタイミングでした。僕らのマネジメント不足でインターンや業務委託の30人くらいが全員やめてしまい、インターン生1人と僕と河端の3人になりました。河端との関係もそのときが一番ギクシャクしていたと思います。信頼はあるけれど、「これからどうする」や「お前もやめないよな」という不安も、言葉にこそしませんがお互い感じていましたね。

共同代表だからこそできる自分が最高のパフォーマンスを出せる状態作り

―高原さんが考える、起業家にとって「重要なこと」や「起業家の心得」とはなんですか

とにかく起業家の精神が安定していて、大きなリターンを得られるチャレンジに状況を持っていくことができるかが大事だし、常に「もし、それができないなら就職したらいい」と頭に置いておくのもいいと思います。常に自分が最高のパフォーマンスを出せる状態を作るというのは大切にしたほうがいいです。

―その状態が作れるのは共同代表だからこそというのもありますか(近藤)

 ありますね。人間なので弱気になるときはあるけれど、2人で同時にダウンすることはほぼないです。どっちかは「どんどいこう!」という状態なので、弱気になっている方に「ダメじゃん」と声をかけることで僕らは目覚めることができます。僕たちは、友達としてめちゃくちゃ仲がいいわけではなく信頼し合ったビジネスパートナーだからこそ仕事のパフォーマンスが、よりはっきりと見えます。

―プライベートに介入しすぎないからこそ、お互いの仕事での姿がよく見えるんですね。(近藤)

ー学生起業家のメリット、デメリットはなんだと思いますか

環境がいいのは大きなメリットではないでしょうか。僕らが起業した時と比べると、最近はサポートしてくれる人や投資してくれる人も増えたし、優秀な人が評価されやすい環境になっていると思います。だからこそ、自分の強みを活かして自分のいくべき方向を見誤らなければ、学生起業家でも成功しやすいのではないかと思います。

デメリットはやはり就労経験がないことですかね。ビジネスマナーや社会、ビジネスについて知らないために危ないこともあったと僕の過去の経験からも思います。リビングデッドしやすく、個人勝ちしやすい環境になったとも言えるのでそこは気をつけないといけないとも思います。

―ここまで色々お聞きしましたが、ズバリ学生から起業するべきだと思いますか

もちろん、起業すべきだと思います。学生起業は、先述した通り環境も良いし合理性があります。もし、失敗したとしても自分自身の価値は上がると思うので攻め続けられるのであれば絶対やった方がいいです!